平成26年度「曽我どんの傘焼き」 (H26.7.20)

 開催場所を甲突橋下流に移し3年ぶりの「曽我どんの傘焼き」が開催された。
朝から天候にも恵まれ真夏の熱い太陽の下、傘のやぐらが鹿児島三大行事保存会の手で組み上げられて行った。

やぐらも完成したころ、突如として豪雨が会場を襲った。
まさに「曽我の雨」「虎が雨」と言ったところである。
開催時間は午後7時だが一向に止む気配はない。開催時刻には干潮で川の水位も下がる予定だったが、水かさは増す一方、ついには台座(傘のやぐらを設置するために川の中に盛り土で作られた)の端々が崩壊を始めた。

開催も危ぶまれた18時半すぎ、やっと豪雨も収まり始めた。
まだ、川の水かさは引かないが、午後7時予定通り開始された。
例年、曽我兄弟の討ち入りの日(旧暦5月28日)には大雨が降り各地に水害をもたらした。それを「曽我の雨」とか「虎が雨」と呼び人々はおそれ、鎮めるための「かさたき」が実施されるようになったとも聞く。

突然の豪雨で最初こそ出足は鈍ったが、徐々に観客も増え、川の両岸には1万人ちかくがあふれた。
3年ぶりの開催ではあったが、「曽我どんの傘焼き」がいかに鹿児島に定着し、そして人々が開催を待ち焦がれていたかを知ることとなった。

傘焼きを盛り上げるために駆けつけた「薩摩神刀館」「薩州館」「薬丸野太刀自顕流」の面々も例年以上の気合いが入った演舞を披露し観客は薩摩の心に触れ真剣に見守った。

午後8時が過ぎる頃、あたりは暗闇となってきた。白い締め込みと赤い陣羽織に身をつつんだ「ニセ」や「稚児」が傘を肩に担い曽我兄弟の歌(狩り場の嵐)をうたいあげながら会場へと姿を現すとどこからともなく拍手が沸き起こった。
さらに、自顕流の稚児たちの奇声にも似た「かかり」の声に会場の熱気ははじけんばかりとなった頃、ついに「やぐら」へ火が放たれた。

しばらくの沈黙を会場の誰もが固唾を呑んで見守る。
わずかな時間ではあったが、それは長い時間のようにも感じられた。

やがて、漆黒の闇を貫くように、やぐらの天辺から炎が吹き出しやぐらは火に包まれた。
静かだった会場に「おっぉ〜!!」といった歓声が響き渡った。

ニセや稚児は燃えさかる炎のやぐらへ傘を広げて立ち向かい投げ入れる。
火の粉が舞い、孟宗竹が勢いよくはじけ破裂音の中勇敢に立ち向かって行った。

やがて炎も下火になり完全に燃え尽きる頃、甲突川は元の静けさへと戻っていた。

 

【撮影:古勝信次 様】

岐阜市和傘振興会、薩摩神刀館、薩州館、薬丸野太刀自顕流、鹿児島市学舎連合会、鹿児島県鹿児島地域振興局、鹿児島市、甲突川漁業組合、写真およびビデオ撮影の古勝様高木様、傘を提供くださった皆様、ほか沢山の皆様のご協力と支援の元、今回3年ぶりの傘焼きを成功裏に終えることができました。心より感謝申し上げます。

高木様撮影の映像は こちら からご覧いただけます

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