30年度曽我どんの傘焼き
 7月21日、鹿児島市の中心部を流れる甲突川には、台風の接近も有り朝から時より強い風と雨が降り続いていました。
 そんな中、川の中央にできた砂州の上でもくもくと作業を続ける人々がいました。今日は鹿児島三大行事のひとつ「曽我どんの傘焼き」の日です。
 空はどんより時より大粒の雨も降り、組み上げた傘もずぶ濡れになり作業も何回か中断せざるしかない状況のなか、例年よりかなり時間を要して「和傘のやぐら」が姿を見せたのは夕刻となっていました。

 開始の19時が近づいても雨は強くなるばかりで虎が雨を思わせるようでした。
しかし、観客と演者の強い思いが通じたのか、いくらか小降りになり予定通りに始めることができました。

 雨まじりの中、最初に演じていただいたのは、初参加の春日流壽毬会「薩摩の傘踊り」
「燃えろ燃えろ曽我どんの傘焼き・・」で始まる踊りは、やはり曽我兄弟の仇討ちに由来するもの、鹿児島には曽我兄弟が根付いているようです。
 前回に引き続き、香雲堂の皆様の詩吟、薩摩神刀館の剣舞、そして薬丸野太刀自顕流演武と、雨雲を吹き散らさんばかりの熱気で会場の皆様を薩摩の世界へと導いていただきました。

 いよいよ、白い締め込みに赤い陣羽織姿の傘焼き隊が傘を肩に担ぎ、曽我兄弟の唄「狩り場の嵐」を高らかにうたいあげながら会場へと現れると、会場の雰囲気は一気に高まっていきました。

 うたいあげの後、締め込み姿の傘焼き隊はそれぞれの手にたいまつを持ち、やぐらの周りをまわります。そして遂に点火の時。

長い沈黙の後、やぐらの頂点より白い煙があがり一気に燃え上がります。
雨に打たれ続けたためでしょうか、いつも以上に点火に時間がかかったように感じました。
しかし、一度燃え始めたやぐらは見る間に炎に包まれ、そして例年より長い時間をかけて燃え続けます。

 降り注ぐ火の粉、傘がもえる熱波、顔がほてるような炎に負けず、傘焼き隊はそのやぐらに向かって、さらに傘を広げて突進し火の中へ投げ込んでいきます。
 暗闇の中、会場に詰めかけた観客の顔も炎に照らされていました。

やがて炎は燃え尽き、いつもの静かな甲突川へと戻っていきました。
その暗闇の中に野津保存会会長の、甲突川へささげる唄「たにしどの」が響きわたっていました。

 

 たくさんの皆様のご協力により、今年も無事に「曽我どんの傘焼き」を終了することができました。この場を借りて御礼を申し上げます。

 

写真提供:福島様・福元様・木村様・村岡様・長野様

30年度「曽我どんの傘焼き」

29年度は台風のため中止

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鹿児島三大行事保存会(曽我どんの傘焼き)ホームページ